一方的に教えるのはあり得ない

時代は常に変わりつつある。
古い常識や教育概念が、通用しなくなることだってある。

過去に絶対的な教えだったものが、
今では世迷い言に変わってるモノもいくつか見受けられる。



教える、ということは。
自分の情報を相手に分け与えるということ。
このとき、自分のエネルギーが相手に宿る。
相手に食べさせるということに等しい。

たぶん、WEBサイトに掲載されてる文章は、ほぼ書いた人のエネルギー一色。
一方的に閲覧者に働きかける。読む人にエネルギーを食べさせて、自分の考えを浸透させていってる。

読者は、例えばこの文章に触れて、何を感じるだろうか。
これまでと違う視点にふれて、自分の世界を広げていくだろうか…



しかしこれ、教わる際は気をつける点がある。

「学校」の場で置き換えるなら、教えるというより、先生に「教えさせてる」感じである。
もし子どもたちが、仕組みに動かされてる(教えさせられてる)先生の元で習うとしたら
「仕組みに操られエネルギー」を、そのまま子どもたちに感染させてしまうということにもなってる。

もしも、子どもたちが「言うことを聞きなさい」ばかり言われてたら…
その「洗脳みたいな言葉」を半ば強制的に受け入れないといけなくなるんだ。


そうやって、仕組み(世の中のルール)に動かされる人形が増えていく。怖いね。
仕組みの中では、なぜかそういう人が生きやすい世の中。上の立場の思い通りに動く人形みたいな人が生きやすい世の中だった。 過去の時代では、言われた通りお利口さんで居ることが、一つのスキルではあった。歪な人間社会の中で、生きる知恵みたいなものだった。

しかし、人間社会は人間社会単体では存続できない。
必ず、自然界という場があって、その地に足を付けないと人は生きていけない。
与え、与えられる相互関係が、自然界の法則みたいなもの。

一方的に教えられるのは本来ありえないんだ。教える側が消耗するばかりだから。
教える側が一方的にそうなったとき、自身の考えに固執し、それだけが正しいと信じ、ついに視野が狭まって、周りの変化に気づかず、 時が経つに照れて時代背景、周りの環境のほうが変わっていき、誰も彼らの考えに賛同するものがいなくなる。

彼らの世界は消失していく。


本来、自然の中に生きるなら、そうはならないんだ。
常に視野を広げてないと、状況の変化を見定めないと、足元救われるのを肌で感じるから。 教えてるようで、実は教えるのと同時に、何らかの形で自分も教わっていく。

しかも、そういった者の生き残っていくのが自然の理。



一方的に教わる。言われたとおりに動く。は、仕組みに毒されるだけじゃなく
最も重要な状況判断力、適応力、生命力が鈍る、環境の変化についていけなくなるので
この先、変化の時代を生き残るなら、肝に銘じたほうがイイ。

必要なのは、自分で感じ、考えぬくこと。


生きる力。


最後までお読みいただき、ありがとうございます(' '*)

   

※ この記事がお役に立ちましたら、ぜひ皆さんにも広めてください.。.:*・゜

>> この記事をfacebookでシェアする