日記が物語

毎日毎日の、日記。

その人の真実が描かれる物語。
歴史的な文献において「もっとも価値のある記録書」が、日記。

感情や、想いが、ありのままに映しだされる。それが、その時生きた人の真実。
同じ時を過ごす人とでも、感じてるモノは違う。視ている場所も違う。

 
私は、私の夢に向かって。
彼女は、彼女自身の現実を見続けて。
どちらも、各々にとっての真実なんだろうな。

 
何だか、今。よく分からない感覚。
一つの枷が外れたような…
何か外れたような感覚。

一瞬、すごく空虚な気持ちになった。
ずっとむかしのやりたかったことを、思い出したような。
そして、それが全くの手づかずで居ることが、自分の成したいこと、まるでできてなかったことの反省が。

 
最近、ここにコラムを更新し続けてきた。
そのいずれも「生きる」ために必要なメモを、まとめ上げたもの。
ただこの世界を生きるために、皆どんなに大変な想いをしていたのか。感じた。

一方で、今まで見過ごしてきたこの世界の一面。
まるで備えたら、何があっても生きていけるというような。
実は、もっとシンプルで簡単な回答にたどり着いたかもしれない。

あの事故以来、ずっと思い悩んでたこと。
何かあってからでは遅いという切迫感。

災害時の備え…

 
災害時っていうか、実はこれが今の世界の行き着く姿?
機能停止は、これまでの仮初の光景が一斉に崩れ去るその時なのかもしれない。

備えは、誰でも出来る感じに落ち着いた。(まとめて近々日記にも残しておくね、でも参考になるか不明だし、未だ穴があるかもしれない)
ただ、生きていくことに集中すれば。誰だって備えはできる。
この答えが、生きてくための必要最小限の備えとなるだろうか…

 
草地が、草地が、どんなに大切なモノだったかっていうのを。
少しずつ、思い出していける。
私たちの間で、一連の騒動があって、寝込んで、一歩も外に出られなかったおかげで
もっとシンプルで簡単な答えを、ここに書き記すことができたような気がする。

みんな自由になる日は近いかもしれない。

 

そんな私は、目の前の現実を素通り。
今日も指摘された。もっと視野を、周りにも向けたらいい!って。

夢見すぎに映ってるよね。生きる一点のみ見据えて。一人どっか行ってるよね…
だから、隣にいてくれる存在が、皆の居る視点に気づかせてくれる言葉、なくてはならないものなんだね。

同じものを見てるのに、違う情景を感じてる。
どちらも真実、どちらも本当。そう? うん。
 

今日、雪印のヨーグルトが、自家製の乳酸菌でさらに美味しくなってました(‘ ‘*)

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