発酵と腐敗の違い

普段こういうやり方で、乳酸菌発酵液を自宅で常備しております。

乳酸菌培養
(。◕ ∀ ◕。)ノ作るの簡単♪ ⇒ 玄米のとぎ汁乳酸菌のつくり方


この子を観察してると、色々なことに気づかされるモノです。
  • 生きるとは、一体どういうことだろうか?
  • 発酵と腐敗と、どう違うのだろうか?

発酵と腐敗の違いは何処に?

あくる日、圧力鍋の中で玄米リゾットのベースを腐らせてしまった。
夏場、作って食べて残りを置いて、それが3日目。

発酵玄米であれば、いい感じに発酵してる段階だが
今回は、リゾット用に出汁で固めに炊いて、置いておいたのです。
乳酸菌も使わなかった。

玄米ご飯自体は、確かに玄米の栄養分を吸収、分解するのには向くのだが
これが、違った生命の「出汁」だけが入ってしまったことで、
玄米ご飯の元種だけじゃ対応できなくなってしまったのだろうか?

一物全体のバランスが崩れてしまったように

発酵とは?腐敗とは?

発酵と腐敗、どちらも「分解」という点では似通ってるが...
果たして? 両者の違いを見比べてみました(。0 _ 0。)ノ

発酵とは

発酵とは。生きながらにして、さらなるエネルギーをもたらす反応。
自然のあるべき条件がきちんと揃っていれば、望ましい形で発酵し、自らのエネルギーの残りカスだって、分解してもらって、次なる栄養に転換してもらう、生命エネルギーが無限に循環し、延々と続いてく。

玄米のとぎ汁乳酸菌


この瓶の中だけでも、永遠の生を再現できる、理想的な在り方を感じさせてくれる。
あるべき場所が、あるべき場所に存在することで、無限に循環し続ける生命の連鎖。
発酵とは「命がいつまでも輝き続ける」という自然本来の在り方だ。

腐敗とは?

腐敗とは、逆に死に向かうこと。
その存在が生きながらにして、ゴミだけが溜まるばかりの環境。
循環しない、エネルギーが消耗する一方で、どんどん生きづらい場所になってく有り様。

時間が経てば経つほど、環境は悪化し、自分を消滅させて欲しいと願うようになる。 いよいよゴミに埋もれてしまう時、自分はもう死ぬしかなくなる。 死んで、それで様々な腐敗菌や害虫?を呼び寄せ、自ら消滅することを望んだ結果が「腐敗」

最初に与えられたのが腐敗をもたらす環境ならば、常にゴミだけが溜まる一方!!自分のゴミを何とかしてくれる存在が居ない、あるべき存在が、傍にいないのだ。

何とかしたいと思いながら、どうにもならず、嘆き苦しみをまき散らしながら死に向かう悲劇。 腐って、土に還って、今度は環境に合った存在として生まれ変わりたいという思い。
その想いを、腐敗という苦しみの中から感じ取ることができる(o _ o。)


人の身体で視る、発酵と腐敗の違い

これらの違いを、人の身体で置き換えればもっと分かりやすい。

あるべき状態で、全てが本来の姿で生きていれば
その人は健康そのもので、いつまでも快適に生きていられる。

しかし、人として必要な物が揃ってない環境で生きる時。
身体に不調を抱えたり、ストレスを溜め込んだり、自分や他人を攻撃したくなるような心理状態になる。 そして、身体の一番弱った部分に、何かが過剰反応を示し、病気という形でそれが表面化する。 状況が一向に改善されず、事態が深刻化する場合、その人はとうとう死んでしまうわけだ。

生き続けるのに、必要なのは揃ってるのか?

発酵⇔腐敗
健康⇔病気

生命活動に必要な環境が整っているか?
或いは、何らかの過不足があるのか?
発酵⇔腐敗とは、健康⇔病とは、それを示すバロメータみたいになってるようです。


目の前の状況が、発酵環境ならよし!
しかし「腐敗・病」の兆候が見えたなら、それは何か改善点があるという意味だ。
例えば、人として生きる場合、こういった存在の全てが必要だと、最初に挙げてみる。

人という存在を拡張した捉え方

腐敗とは、間違った道を辿ってることのサイン

苦しそうにしてるときは、必要な存在が近くにないのだ。
その腐敗・病の元になってる生命の声を聞いて、何が足りてないのか?
聞いて、感じて。想像を膨らませ、原因を突き止め、それを補ってあげる。

常にそういうことを、私たちは心がける。

参考例 ⇒ 害虫(?)の被害から学べる、然るべき組み合わせ


そうして、腐敗の試練を乗り越えた先に、あるべき姿が立ち返らる。
発酵、生命としての力強さを、安定と信頼を、揺るぎない中心軸をその物に感じ取れる。
私たちは、そのように生きることを、全てに対して望んでいる(o _ o。)


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