自然治癒力で病は克服できる

病の苦しみを誰かに分かってもらおうとする依存心に、溺れてはならない。
「どうやったら病を克服できるのか!?」世界中のあらゆる本や人に尋ね、あらゆる方法を探ってでも治そうする心がけが、健康への第一歩です。

医者要らず、自分自身で出来る治療法

で、最もシンプルな方法...あらゆる病を治すには「自然治癒力を最大限に発揮させる過ごし方」こそが必要不可欠になってきます。


とにかく何もしない! 食べない! そうやって全ての免疫細胞を身体の修復に勤め、自然治癒力を最大限に発揮させる。そこが病を克服する最大の秘訣です。
(食べ物の消化中、免疫細胞は病に対抗する力を十分に発揮できなくなるので、不調の時はあまり食べないほうが良い、水やお茶だけで流すこと)

何もせず横になり、心と身体を落ち着かせてる間、なぜ病にならないといけなかったか? 今までを振り返りながら、本当の自分と向き合っていきます。そうして潜在的な原因を追求し、正すことで病の根本が少しずつ治されていくものです。誰にも邪魔されずに...静かな時の中で...

病の成り立ち

病には必ず原因がある。自分自身がそうなって、改めて気づくものです。
まず「人」はどのように成り立つか、寝てる間にイメージを描きます。
魂(心)、身体(肉体)、環境(生活習慣、住まい、人間関係など)。

  • 魂なる「想い」
  • 実態を映す「身体」
  • 周囲を取り巻く「環境・習慣」


この3つ。この3つで、人というのは成り立っている。と、見定めることができます。
何らかの病が発症する場合、症状が現れるのは「身体」の部分ですね。
お医者さまは、「身体」の部分に対してのみ、対処療法を行います。

多くの人は、病が発症したらお医者さまに見せることを前提に考えるでしょうか?
しかし、この考え方は不十分です。「身体」の部分に対してのみ医療的な処置を施しても、周囲を取り巻く「環境」「習慣」に病の原因があることが殆どで、その正すべき習慣・思考というのは何より自分自身が一番わかってることだからです。

視点を変えれば、「身体」の反応が正常だからこそ、病という形で、周りの環境や習慣に対して拒絶反応を示してるわけで。厳密に改善すべきところは、自らの「生活環境・習慣」の側にあります。

病気の原因...筆者の具体例

私の例を挙げてみます。

私は、幼少の頃から卵アレルギー、しかも小麦も、油も、乳製品もダメ。かゆみが酷く出る、一度死にかけました。大人になってからは、合成洗剤や化学物質、除菌薬剤とか死ぬくらいの拒絶反応を示しました。

当時の常識的な考えでは、卵やパン、牛乳、天ぷらとかケーキとかカレーとかパスタとかうどんとか、普通に美味しいもの食べれなくて可哀想。大人になったら「お皿洗いだけでも肌が腫れ上がるとか大変!何とか治療しないと、お医者さまお医者さま!お薬!お薬!」な風潮でした。
普通の生活をしてて湿疹が出る私の身体が、世間から異常だと思われていたようです。

だけども、視点を変えればそうではない。
私の身体は正常。正常だから周囲に拒絶反応を示す。

実は周囲の食品群に普通に並んでた、あんな卵や、あんな小麦製品や、あんな油類が、あんな乳製品が、あんな除菌洗剤が、実は潜在的な異常を抱えていたとも捉えられるのです。
特に敏感な子どもたちのお肌は、それらに危機的なモノを察知して過剰な反応を示すことが有ります。

許容できるもの、できないもの


私も過去、体調崩しがちでしたが「粗食(一汁一菜)」を実践することで、これまでの一般的な思考・身体の状態はリセットされ、白紙の状態から新しい生き方を実践する事ができました。

関連記事 ⇒ 「生きるために食べる」ということ


私の日頃の不摂生が原因

幼少の頃よりアレルギー体質でありながら、調子のいい時は、割りと何でも食べるようにしてました。 ラーメンとか、パンとか、ケーキとか(ある程度材料は拘ったものだが)もほどほどに食べてましたが


まぁ、時々は良いんです...

けれど油断してたらいつしか習慣化してしまうことになる、ここが問題です。
やりたくもない仕事のストレス、勉強のストレスか、或いは人間関係のストレスかが祟ったのだと思う。 食べなきゃやってられない。だから、どうしても食べてしまっていました。

精製された炭水化物、甘いもの、買って直ぐに口に入るもの。身体に悪いのは分かってる。
けれども、一仕事終わってお酒!って人も居るし、煙草!って人もいるように。お肉!って人もいるように。

日頃の行い(仕事や生活スタイル等)が自らの「想い」に反する時、身体は破滅的なモノを求めてそうさせることがあります。
そんな悪習が知らず知らず生活の一部となっては、じわじわと本当の自分の気持ち「魂」の在り処が見出せなくなっていくのです。固定観念の恐ろしい部分です。

「想い」とは、夢・望みへとまっすぐに向かう喜びの原動力であるはずなのに。
それが「望まない習慣・固定観念」に縛られてしまうと、生きる希望・意欲を見失ってしまいます。

そうなると現実の肉体も、少しずつ消耗せざるを得なくなる。
「私はこんなふうに生きたくない!」って

病状はここから、身体の弱った部分に集中的に出てくるんです。
気づいて欲しくて! そうじゃない! キミの生き方は別にある。もっと素晴らしい生き方があるのだ!と。「魂」で分かって欲しくて!

私の場合、身体の症状は皮膚のかゆみや湿疹に出ました。
他の人なら便秘とか、不眠症とか鬱とか、胃潰瘍とか、精神的な部分もあるでしょう。
女性なら、生理の重たさや更年期障害にも大きく現れるだろう。怒りっぽくなったり、感情の起伏が激しかったりするのも、身体のSOSサイン。

いずれも自分自身を取り巻く現状に気づいて欲しくて。
今の生活の「常識・固定観念」にこそ異常がある!と分かって欲しくて。。。

私の病の治療経過

とりあえず、私の病(アトピー性皮膚炎)の治療経過を書き記しておきます。

0日目(葉月の23日月.2015)...10月8日

...数日前から、また湿疹が酷くなりだしました。 お尻から膝裏にかけて、それから腰、肩。 あせものような、象の皮膚のような肌触り、乾燥、かゆみが酷く、掻いたら中から液が出てくる。

やばい。


とりあえず、大変な大仕事が終わったのでしばらく休める。
気づけば、肌の湿疹が物凄いことになっていた。
これまでの汚れを洗い流さねば、風呂だ。熱いお湯は湿疹が酷くなるからダメだ。
塩浴、37度以下のぬるめのお湯で。水量は座って腰くらいの高さで。
その後、水で身体を流し、皮膚の炎症を冷やして落ち着かせた。

寝る前、自分で入れたお茶を飲み、水分を入れ替えつつ、裸で寝た。
睡眠はいい。ぐっすり眠れたら、たいていの病は良くなっていくものだ。

1日目(葉月の24日月.2015)

起きた、朝11時だ。口をゆすぐ。トイレにいく。
とりあえず、今日はほとんど何も食べないことにする。
そうすれば、身体の修復に全てのエネルギーを費やせるから。
少し喉が渇いたので、お茶を飲む。また裸で横になる。

寝て夢を見た後、少し汗をかいていた。まだ皮膚がかゆい。
シーツにコロコロをかけて皮膚のくずを綺麗にし、少し起きることにした。

炊飯器で寝かせ玄米が2日目になっていたので、お椀に少量取り、食べた。
食べたら腸が刺激されたのか、大きい方。少しスッキリしただろうか?
お茶を飲み、また横になった。起きたら夜22時だった。

そういえば、皮膚のかゆみは昨日よりは収まっている。
1日裸でゆっくりした。風呂は必要ない、洗濯もない、食事もほぼ無い。つまり家事は要らん。仕事せんでエエ。ずっと寝とけばいいだけ。気が楽だ。
流石に1日では完全には治りきらないか、養生しようと思う。

2日目(葉月の25日月.2015)

起きた。ああ、傷口が乾燥している。そして中からジュクジュクが。
裸だと、ジュクジュクが身体から出る天然の保湿成分だと分かる。傷口を守ろうとしている。
そうか、人間の身体ってよく出来てるな…

ここで、日頃の水分が足りてないのがマズイと気づいた。喉がカラカラだ。
ふりかえれば普段、お水やお茶を飲むという習慣が無かったんだ。
直ぐ様、お茶を大量に淹れ、飲んだ。がぶ飲みした。

それだけ、小さい方も大量に出た。
身体中の水分が入れ替わる感覚。
また寝かせ玄米のみを食べる一日で、腸内もスッキリしてきた。

じゅくじゅくが出てきたため、下に厚手のタオルを敷き、患部をやさしく覆った。
この日昼間1日寝たからか、夜があまり寝られず、そのまま朝になった。
 

3日目(葉月の26日月.2015)

用事で出かけなければならなかった。
傷口は...だいぶ良いみたいだ。タオルを当てておくとズボンを履いても擦れず痛くない。
朝から電車に乗って、車に揺られ、境内を歩いて回ったり、犬の散歩に付き合ったりした。走りもした。いい運動になった。

この日は、先方から鶏グリルのサンドイッチを1/4枚と、肉まんを一つ頂いた。
夜は寝かせ玄米を1杯食べた。今日、大きい方は出ない。

帰ってきてから、調理器具のガラスを割った。携帯も水没してダメになった。
微妙に踏んだり蹴ったりな一日だ。
患部の調子は、さほど悪くなってないが、体調全体的に、妙に歯切れが悪い。
お風呂に入り、今日一日の汚れを洗い流して寝ることにする。
馬油を頂いたので、傷口に塗る。うん、良い保湿になってる感覚(' '*)
これで経過を見よう。

4日目(葉月の27日月.2015)

どうも夜は寝られなかった。朝起きて、携帯を買い換えねばならなかった。
昨日のように患部をタオルで包み、ズボンを履いて外出する。直ぐに用事が終わる。
またお茶を飲み、寝かせ玄米を食べ、そしたら大きい方。今日は快調だ。

お昼間に寝て夕方、肌の調子が落ち着いている。
たぶん安静にすれば、かなり良くなっていく感覚。
あ、昨日はガラスで指を切ったんだった。絆創膏を買いに行くか。

5日目(葉月の27日月.2015)

かゆみがほぼ引いた。患部にかさぶたができ、皮膚のクズがたくさん剥がれ落ちる。
寝かせ玄米が無くなったので新しく炊いた。
先日ガラスの破片が刺さったため、整形外科に診察に行った。異常なしだった。

今日のご飯は、玄米おむすびと味噌汁と蒸し野菜、煮物。
保湿のため、お茶もたくさん取る。

患部は改善してるため、あとは保湿をしっかりして完全に治りきるのを待つだけ。
今日はお風呂に入って洗濯して、馬油を塗ってぐっすり眠ろう。まだまだ無理は禁物だ...

うーん、やはり化学繊維の衣類(ズボンやパンツ)を履くとどうも調子が良くない。捨てよう。 仕事の際の、スーツも考えものだな...
そういえば湿疹が酷くなる前日は化繊の下着を2日間もはいていた。だからか...

って、布団のシーツが化繊じゃないか!!!
翌日、綿のシーツに変えたら寝心地が全然違った。お前(化学繊維)が原因かw(' '*)w!

病を治してく経過のまとめ

こんな感じで(。0 _ 0。)ノ

水を飲みながら、なるだけ自然なままの姿で、ぐっすり横になることができたら、自然治癒力を最大限に発揮できる。
あらゆる病の症状が、改善に傾くと思います。

数年前は、どうすりゃ良いか分からず半年寝込んだんだよな...(' '*);;
その頃に比べたら大きな進歩だ...

ちな、6日目はぐっすり寝た。寝かせ玄米とお茶だけ口に入れた。快調。かさぶたも取れ、傷口も引いた。若干乾燥気味だ、綺麗に戻るには肌の再生サイクル(1ヶ月)は養生する必要があるかな。まぁ気をつけておく。
心なしか、外観が若返ったような感覚です。

【後日談】
あれから1ヶ月後、綺麗になりました(2015.11.06)
お休みの日(2015.11.01)に山の空気を吸いに行った時、普段の呼吸が浅くなってたのに気づきました。 運動不足で、身体が固くなっていたのにも気づきました。

深呼吸をし、柔軟で思いっきり身体を動かして、血液やリンパの流れを身体の隅々まで行き渡るようにした。全然ちがった... ああ、こんなにも身体がほぐれたから、心身が浄化されていったんだ(' '*).。.:*・゜

病の原因・ストレスと向き合うことで、生き方は改まる

最初は、軽い兆候から異変は始まります。
その段階で気づいて、生活スタイルをリセットできたら素晴らしいです。

身体の不調は、ストレスに始まりますから。
ストレスの些細な心の変化は、このままだと望まない方向に行ってしまうよ!の警告サイン。

自分の生き方を確立してる人々にとって、その段階で「寝る!」ことに徹底します。 そうして大したこともなく自己改善し、数日で道を正せることが殆ど。


だけど、現代社会に生きる人々は、さらなるストレスを抱えて、仕事や会社や世間体のために無理して働き過ぎてしまっていたのでしょう。慢性的に無理をすることが「責務」だと感じてるせいで、いつしか限界がきて大きく身体を壊してしまっていたのでしょう。
そこでやっと気づいて、自分の生き方を見直そう!と反省し、習慣を改めるのでしょう。

そう、今からでもやり直せます!

...


そこで、お医者さまにかかることもあるでしょうが、そこだけに頼ってはなりません。
お薬は身体の症状を抑えるだけ。潜在的な部分において、何の解決もできてません。
治療で症状のみ抑えられたからと、悠々と今までの生活を続けてはならないのです!

苦しいなら薬で症状を抑えながらでもいいから、その間に今までの生活を見なおして、日常に潜んでいる「病の原因」を正し、自ら症状を克服する必要があります。



「病の原因」が分からなくとも、上で挙げた環境のリセット「何もしない、何も食べない働かない!」(裸で寝る、粗食、塩浴、水で流す、お茶を飲む、出す、裸で寝る、お茶を飲む、出す)を自ら実践し、身体の状態と生活の在り方をリセットすることで、ある程度は自然治癒できるでしょう。

こうして1日の過ごし方がリセットされた状態で、以前の生活習慣にどういった問題があったのか、向き合えば済むだけの話。


ぐっすり寝て、身体のリセットに勤め、自分の感覚のみに耳を傾け続ける。

深い眠りにつく方法

病から立ち直って実感したこと

病になったら、今までの生活習慣(常識)を疑わなければ、死ぬ。ホントに死ぬのです。
生活習慣が間違ってた。今までの思考が間違ってたということ。病から快復したとき、初めて気づきます。

どうか、分かってください。どうしようもないとき、今までの常識では測れない部分に、治す手立てが在るということを。全ては、自分の感覚、感性、自然治癒力の重要性に気づけるかどうか、ということを。

これだけは、自ら気づいて実践する他ありません。何もしないという選択を。
全ては自分が生きるか死ぬかの死活問題。現状を冷静に受け止めることが、最終的にベストな結果を引き出すことになるのですから。


調子が崩れだした頃、この苦しみを分かって欲しくて、どうしようもないことを誰かに伝えたいばかりでした。意見がほしい訳じゃない。ただ分かって欲しかっただけ。振る舞いや言動は、いつもより攻撃的になりました。しかしこの時、周りには静かに見守ってほしいのです。自分の身体の声に集中せねばならないときだから。


たぶん、病になった時、隣でじっと付き添ってくれる人。
ただ黙って、自分を見守ってくれる人に、心からの繋がりを感じるのだと思う。
自分を見つめなおす時間を、与えてくださってありがとう。一緒に理解しようとしてくれて心強かった。 それに、私の話を黙って聞いてくれて、嬉しかった。感謝してます。

おかげで、自分自身の感覚で、ゆっくりと原因を解明することができたんだ。
病の原因を、ある程度取り除くことができた。


自分にとっての正しい生き方が、より明らかになった。

私の望みは、私の好きなことに集中して生きること。その為に樹を植えるんだ。
庭園の中で音楽を創ったり、詩を描いたり、物語を描いたり、私自身の芸術性を創造して。
そうやって、本来の「魂」の在り方に目覚める時、
私という世界から、全ての病は消え去ってゆく。

弊害を乗り越えた先に、今まで気づけなかった素晴らしい人生が待っています。


最後までお読みいただき、ありがとうございます(' '*)

   

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