国外の子、金髪ロングストレートの可愛らしいお嫁さんをもらう夢見た。
それは自分の視点じゃなく他の誰かから見た視点だった。
生まれてきた息子、じぶんそっくり?
って、その人は感じてた。
子育ては、ずっとお嫁さんに任せてた。
仕事場から戻ってきて、父はあるとき、息子に聞かれたんだ
「Is There beens?」
父は、その子がなんて言ってるのか分からなかった。
自分の国の言葉じゃない、彼女の言語で語られてるから。
お嫁さんは言った。
「あなたは、ずっと放ったらかしてばかりだった。
時々、この子とお話してあげて。
あなたの言葉を教えてあげて」
「ああ、悪かった。そうするよ。
ところでこの子はなんて言ってるんだい?」
「『お父さんは何になりたいの? 僕は音楽家になりたい』って意味を言ってるのよ」
その言葉を聞いた時、お父さんは涙した。なぜか?
お父さんも音楽家を目指していたからだ。間違いなくこの子も自分の血を引いているのだ。
ずっと放ったらかしにして、違う言語をしゃべって、父である自分ですら意思疎通がとれない。息子の言葉が分からないというのに。
そうだ、目指すところは同じなのだ。間違いなくこの子は俺の息子!
それは、喜びの気持ちと、今までこの子に何もしてあげられなかった後悔の気持ちが入り混じったような。
「そうだ。俺も、音楽家になるんだ。その為に、今、この時から頑張るんだよ」
父は、涙ながらに言った。
情けない父親だ。夢もロクに叶えられず、仕事ばかりだった。
もはや夢を諦め、仕事だけの人生、家のことは嫁に任せっきりだった。
自分は何をやっていたというのか? なのに2人は、そんな俺の事を想ってくれてる。
よく出来た嫁、可愛い息子。
なのに俺は、俺は…
俺は、このままでは終われない。
俺も自分に恥じない選択をし、この子のお手本になれるような。
素晴らしい嫁と、この子に相応しい父親になるのだ!と、決意したのだった。
全ての次元が加速する
底は深淵
全てが取るに足らない。
そう、全てが…
あらゆる教えも、討論も、批判も、全てが
何もかもが取るに足らない。
自分の考えを、理解? 賛同してもらいたい?
何を仰るのやら(o _ o。)
常識で測れないものに対して、否定的な目を向けられるは、よくあること。
このときね、相手の理解のスピードに合わせて。
分かるように説明するなんて、説き伏せようとするなんて。
あり得ないんだよ。時間が。
逆だ。
敢えて、自分の思考スピードを加速させる。
もはやぶっ飛んだぐらいの領域で語り出すといいよ。
全てが取るに足らなくなる。何もかも、取るに足らなくなる。
ねぇ、深淵を見た?
あれに比べれば、目の前で起こってることなんて、たかだか痴れてる。
一瞬を制したって、大筋から見れば取るに足らない。
その程度のことで、多大なエネルギーを消耗するよりも。
ただじっと観る。
じっと観るだけで、その行動原理が何処から来るか分かる。
いい?
表層の部分なんて、些細なもの。
もう少し、根本の部分に焦点をあててね。
その固定観点から解放してあげて。
次元が加速すれば、相手にとって理解され難くとも、全てが、心地良い響きになってくる。
もはや夢物語すぎて、頭のなかお花畑(。◕ ∀ ◕。)ノ
理解されなくていい。何もかもが不条理な方向に流れようと、それは取るに足らないこと。
自分の範囲で、できる事をしながら、ただ観ているだけでいい。
出来る範囲でいいの。
ねぇ、深淵を見た?
あれに比べれば、全てがとるに足らないこと。
あの絶望を、あらゆる無念を閉じ込めた、あの場所を。
一切の光が閉ざされた、深淵の闇を。
キミは見ようとしないの…(‘ ‘*)?
ねぇ、
生きることの本質が、少し理解できた。
それは、自然を理解する力が元になってる。
赤ん坊の頃に、一所懸命に自分が置かれてる環境を理解しようとする。
まさにそれが、生きることの本質であったんだ。
一所懸命、その一所は、自分の置かれてる環境のこと。ただ底だけを。
地盤となった土地の意志を、感じ取ることに全ての生命エネルギーを賭けていた。
その理解が、自分が生かされることに繋がっていた。
農を始めとする近代の生き方は、それと全く逆になっていた。
如何に土地の声を封じ込め、自らの望むままにコントロールしていくかのみに焦点をあてられた。
技術専攻主義、自分たちが自然に対峙してどこまで出来るか、どこまで押し通せるかを競っていたんだ。
農とは、曲げる辰と描くな。
農という考え方自体が、もはや曲がってるということか。
自然農も、おそらく自分の目指す理想のスタイルではないだろう。
しかし、あれは近代農という足かせから一歩抜きん出た方法だ。そこから学べることは多い。
自然農というものを学びつつも、如何に農という足かせから脱却していくか。
如何に土地を理解し、あの子達の理想とするイメージ像を理解し、それを助けていくか。
人間は、忘れてしまってるんだ。本当に住みよい自然環境というものを。
それを、理解しながら思い出す必要がある。
思い出せば、再現はたやすい。
農という固定観念から脱却するんだ。
尊敬に値するあらゆる農家さんですら、未だまだ実践しきれてないと思う。
もはや正しいやり方なんて、現代のインターネット上の何処にも乗ってない。
そして、あらゆる本にも、周りの教えにもない!
全く未知の世界を、自分だけで体感していく必要がある。
目の前の光景から、唯一のより正しい選択を感じ取る必要があるんだ。
何に対しても、こちら聞くのみ。
相手はハッスラー(。◕ ∀ ◕。)ノむきむき
発すれば、それを受け取る私です(o _ o。)
右から左へ受け流すのが流行りました(‘ ‘*)
ちゃらちゃっちゃっちゃらっちゃ〜♪
不安が、辺りに立ち込めてます。
不安はどこからくるのか?
それは、不幸な現状に抗うすべを知らない人たちの嘆き。
或いは、何かを失うことへの恐れを抱くモノたち。
伝わってきます。
ちゃらちゃっちゃっちゃらっちゃ〜♪
右から、
右から、
右から左へうっけながす〜(‘ ‘*)♪
そんな不安はまやかしだと言います。
なぜなら、
なぜなら、
必要な物は予め目の前に用意されてるから(。0 _ 0。)ノ
組み合わせ。
組み合わせ。
パズルのピースを並び替えて
到達すべき、理想を、実現することへの。
どうすればいいですか?
どうすればいいですか?
まずは目の前のことの理解
話はそれからだ(。0 _ 0。)ノ
不安はまやかしだといいます。
その不安を嘆くより先に、目の前の事象への理解に全力を注ぐ。
固定観念を捨てる。子どもの感覚で、観るよろし。全ての答えが底に在る。
労働は、例えるならお祭り。
それ以外で、準備期間に大半を割くのが道理。
お祭り当日は一瞬。
⇒ 10時間のうち、実際に働くのは2時間
仕事でも、執筆でも、作曲でも、創作でも、料理でも、イベント企画でも。
一から何かを為す上で、法則みたいなバランスがある。
実際に動くのは2割以下の時間。
残りは全部、準備とか構想とか他もろもろ。
それが、労働の在り方にも通じている。
労働なんて流れ作業、本気を出しても空回り…
ただ流すだけ。意識は何処か、他のとこ(。0 _ 0。)ノ
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- 働くということ
- 2015年06月21日