福島の放射能とは何なのか?

そのものを視るより、それが与える影響から、存在理由を推測したほうが良さそうだ。
福島原発から漏れでた放射能とは、一体どういったものなのか。

先日、こんな記事を書いた。
http://goldenflower.jp/blog/2941

存在の真実を見極める時、
それが元々何で在ったかを思い出すのだ。何を願って存在したかを思い出すんだ。
そうすれば、真実を見つけられるはずだ。

と。

 
核心を突き詰めるにも

「放射能は生き物」だと、いう前提で観てはどうか。
 
 
あの原子炉から出る、放射能は、原子炉に入る前は元々、どんな暮らしをしていたのだろうか?
どういった理由でかつて存在し、転機となる原子炉の一部に組み込まれた時、いったいどんな想いを抱いたのだろうか?
炉から解放された今、どんな想いを抱いて日本列島や米国を始めとした、全世界中への旅を始めているのだろうか…と。

ではまず「核燃料物質が何なのか?」について見ていきます。

核原料物質とは原子力基本法第三条第3項で
http://www.weblio.jp/content/核原料物質

「ウラン鉱、トリウム鉱その他核燃料物質の原料となる物質であって政令の定めるもの」
具体的には、ピッチブレンド、モナザイト、トール石等のことを指します。
元々は鉱石だったわけですね。それらを過去、大規模に採掘していた、と…

続いて、天然の鉱石を採掘する現場の様子にリンクしてみました・
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/Ugoki.html
http://chikyuza.net/xoops/modules/news1/article.php?storyid=113

ウラン鉱山に由来する被曝には2つある。1つは採掘に従事する労働者の被曝であり、もう1つは掘り出した鉱石、鉱滓および残土による環境汚染からの被曝である。
ウラン鉱山労働者には古くから肺の病気が多発し、それが肺癌で、原因はラドンとその娘核種にあることも1930年代には明らかになっていた。ラドンはウランの娘核種の一つで、気体であるため、ウランを掘り出してしまえば、容易に空気中に逃げ出して、人体に取り込まれる。特に、ウラン鉱山の坑道にはラドンが充満し、労働者に肺癌を引き起こしたのであった。
また、ウラン自身の半減期は45億年。仮に製錬によって鉱石の中から完璧にウランを取りだしたとしても、残りの鉱滓にはトリウム230から鉛206までの娘核種がすべて含まれる。トリウム230の半減期は80万年という長さである。結局、ウランを掘り出すかぎり、人類は永遠という長さにわたって、これらの放射能による脅威を受け続けることになる。今日までの原子力開発ではウランを利用するという面しか考慮されず、鉱滓はもちろん、利用されなかった鉱石も環境に打ち捨てられた。国連科学委員会は、原子力開発による人類の最大の被曝源は、原発そのものでも、再処理工場や高レベル廃物でもなく、ウラン鉱山の鉱滓にあることを、すでに指摘している。

鉱山では、既に悲劇が引き起こされていた。
山は削られ、生態系はぐちゃぐちゃ。
近隣に住むものたちは生命の危険に晒され、生活を脅かされ続けた。
原子力発電は、そうした犠牲のもとに成り立っていた。

現地の住民たちの地獄のような労働環境、怒り、やるせなさ、そして山々の惨状による動植物たちの嘆きが、鉱山総出の莫大な怨念となって、あの核燃料には凝縮されていた…ということだ。
それに「あの鉱山に眠っていた鉱石は、どんな想いで持って行かれた?」んだろうな…

そもそもウラン鉱石が、もともと「何」で在ったかなんて、何処にも記述がない。
あれは一体何のために、底に眠っていたのだろうな?!

最後に福島の放射能が与えた変化を、まとめてるページにリンクしてみます。
http://matome.naver.jp/odai/2131868875945910701

動物に対して…健康被害の懸念、あと奇形
植物に対して…巨大成長、奇形も
人間社会に対して…致命的な打撃、負債

これまでの決まった形を突き破るかのように、
これまでの枠組みを取り去るかのように、
目の前に混沌が広がりつつある(‘ ‘*)

「変化」これまでの違う、アンバランスな…何を求めての「変化」?
有無をいわさず、社会の隙間を縫って、無理矢理にでもねじ込むかのように、生物や環境を変異させ、巨大植物へと成長を促す微粒子。
 
放射線が、これまでの生物の遺伝子情報(DNA)にバグを起こさせている…という事実。
それは何のために??? 放射能を宿したあれらは、一体どんな存在理由で世界中に拡散しようとしているのか?

植物性乳酸菌にとって、放射線は栄養みたいなものらしい。
事実、そうなのだと想う。実際にあちらの植物はあんなにも巨大化してるからね。
http://apocalypsenow.jugem.jp/?eid=107

 
巨大植物への成長と、1つの花を2つに分裂させた事象。1つの種が2倍〜数十倍の効率…
あれは、人間社会に搾取され続けていた野生の植物たちを支援してるとの観方もできる…
どうしようもなかった植物たちにとっては、アレは有益な存在だというのか。。。!
推測した。。。 まぁ推測でしか無い。

 
植物たち、特に樹の視点は、人間のそれとは違って、数百年、数千年、万年の視点で視る。
放射能の半減期までの期間や、それまでの混沌とした奇形腫の発生など、とるに足らないことだろう。。。
皆いずれ在るべき姿に戻るのだから、それでいいじゃないか…って。。。

 
私たち、このままでは一旦死ぬ。
適応できない動物たちも巻き添えになって…
罪のない子どもたちも…

ああ、それでキミたち古代の植物が味わってきたように、復活に至るまでの永年を待つの??
千年、万年? それとも、放射能がこのまま加速度的に加速して、混沌が激化する分、復活の時は早まるの?

 

それで人は、自ら生み出した放射性物質の現状に対し、どう折り合いをつけるの?
もはや何もかも謝罪し、償いの限りを尽くすのが、道理でしょうか?

私たちは、かつて自分たちの贅沢しか考えてなかった。
自分たちの都合しか考えてなかった。
自然の産物たち、あの子たちの嘆きを聞き入れる耳を、持ってなかった。
 
だから、間違えたんだ。

 

改めなければ…

この場で、あの子たちの嘆きと訴えを受け入れるしか無い。
そして出来る限りを償い、あの子たちの真の望みを叶える、その為に生きるしか無い…
目先の生き死にすら度外視して、出来る限りを償うしか無い…(o _ o。)

今そんな心境です(‘ ‘*)

できるならば、そうやって生きてこの先を見届けたい…!!!
その為に、何が出来るのか?? これからを突き詰めていくのです。

続き ⇒


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縄文人はなぜ遺物を残さなかったか

縄文の人がこの世を去る時、遺物も一緒に自然に還していた。遺跡の土器もだいたい粉々。
その理由、これまたエネルギー(物質の元素)の視点で見ると分かると思う。

自分の都合で築いた構築物は、子どもたちにとって不要だから。
作品でも、コレクションでも、便利な道具でも、それが自然から切り取って作られたものなら尚更。
どんなに自分には価値のあるものであっても、子どもたちには多くが不要なものに映る。

情報の詰まった叡智、永遠に必要とされる真理を宿したモノ…も中にはある。
しかしそれ以外の芸術品や想い出の品などが先代の遺物として残っては、全体のノイズにしか成らないのだ。
世界全体のエネルギー(物質元素)の質量は変わらないなら
異物が残っている分だけ、自然界からロスが出ている状態。子どもたちの世界が狭まってしまうわけ。

だから先人たちは、この世を去る際に自らの遺物をも自然に還すことの大事さを知っていた。銅像や墓標なんて無かった。
全てが役目を終えたとき自然界に帰すから、自然界は永遠性を保ちながら、その時、その時に合った形を自由に保っていられたんだ。

はるか土の下。記憶の層の中に、活きた記録は永遠に残り続ける。
形として残さずとも、それで十分だったんだ。

 

そのことを忘れ去った私たち、その頃の先人たちの感性を、再び学ぶ必要があるんじゃないか?って想う。
実際、遺物だらけになってしまった世界において、子どもたちは多くのモノや親世代のしがらみに囚われて、思うように動けなくなっていた。

棲む家は自分で築くもの
資本主義の落とし穴
 
 

遺物を自然に帰すことの大切さ。
根拠があるとすれば、こういった例から汲み取れるんじゃないかな。

 
 
 

本当に子どもたちを想って生きるならば
自分の手元にあるもの、できるかぎり自然に還すことができるもので生活すること。
どうしても自然に返すことが出来ない工業製品…
自分たちの手に負えないモノに関しては、極力身の周りに置かないこと。

少しの心がけで、私たち家族は、未来永劫もっと暮らしやすくなるように想う。


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天然ガスは家庭で作れる?

アナスタシア第4巻、34ページより

「だから言っているじゃない。ガスは食べ物を消化する際に体の中でできるの」

。。。

 
この1文、とんでもない可能性を秘めてるよな。
(オナラに火がつくのは、実験データにも残ってるようだ)

 
で、つまり。
人の腸内の中で、食べ物が昇華されるプロセスを「瓶」に再現できれば
天然のガスは、自給できるというわけだ。すごいよな(‘ ‘*)

 

手元の発酵瓶をちらっと目にやる(。0 _ 0。)ノ
米のとぎ汁乳酸菌

発酵ガスが、すごいんだよな。コレ。(冬場より夏場はもっと凄いよ)
新鮮な玄米量を多くすればするほど、黒糖と天然塩を入れて数日。
もう、蓋を開けた瞬間に中身が飛び出るほどだ!!!

火は着くんかな?このガス。

 
火着いたら、火力エネルギーも自給できるというわけだね。

いやー、火は着くんかな〜〜〜????
ほらほら誰か、一緒に実験しましょ。


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望みのものは目の前にある

望みのものは目の前に在る。
今の世の中、その形が違って視えるだけ。

 
「都会」という枠組みの中でも
望みのもの__土地。はあるんだ。

それが表面上は、道路であったりアスファルト…と形が変わって存在してるだけ。
土地のもつ本質「様々な生命を宿したい」は、ずっとずっと根底に在って、変わらない。

 
エネルギー(物質の元素)の目線で見れば分かる。
原子配列や分子構造が変わろうとも、世界全体の質量は変わらない。

土地が「様々な生命を宿したい」と、空気中のエネルギー(物質の元素)を組み換え、まず雑草を生やそうとする。
その生命力が、都会の枠組み「動くな、平坦な道で居ろ!」の干渉を受けて、死体で固めあげられてるだけ。

でも、都会で生きてる者達だって土地の「食べ物」がないと生きていけないわけだから
抑えこんで奪った生命力のエネルギーを、別の形に変換して、販売してるんだ。

園芸用の土。プランター。

 
あれは、もともと土地にあった生命力が、別の形になったものだ。
そして、中身が無い。栄養がない、微生物や虫も見えない、歴史がない、すっからかんの状態になってる。

…つまりそのままで育てるのは難しくて。

土地の持ってた生命力の本質は、これまた何処からか奪ってきた「肥料」だったり「腐葉土」だったりと形を変えて販売されてる。

…望みのものは、確かに形を変えて目の前に存在している。
しかし、しかし、「分かりづらい」ではないか…

 

なぜそのままの形でないのか?
それが都会の仕組みだからだ。科学という考え方で動いてるからだ。
 
科学は、1つのものを細分化して定義づけることで、細かい部分まで突き詰めていく学問。
でも実態は、細分化すればするほどさらに小さな枠組みに囚われるようになり、生命⇒分子⇒原子⇒中性子・電子⇒…どんなに細分化しても定義の終りが見えない。…細分化すればするほど、物事の本質(元々の生命の有り様)を見失いやすくなる欠点を秘める。

 
それとおんなじ。

今の都会は科学で創られているから、物質のエネルギー(元素)が細分化され、本質を分かりづらくする地場が組まれてるんだ。

 
人は、望む。
元々の自然では、望んだものはシンプルに手に入るよう出来ていた。
けれども都会では、望んだものが分かりやすい形で現れてこない。

食べ物が欲しい時、
自然では、食べ物のなる樹を探すか、食べられるハーブを探せばいい。自然の理を知れば、たやすく見つけられる。
しかし都会では、食べ物を欲しても、そのままの形で得られないのだ。。。「お金」を稼がなければ…

 

都会において、全ての物質エネルギーは細分化されてると言っていい。
で、細分化したエネルギーは、殆どが「お金」を通して交換できるようになっている。

望みのものを都会で得るには、まぁ一般的には
・お金を稼ぐ手段と、
・細分化されたエネルギーを見極める手段。
・それらを正しく組み上げる正解の手順。

 
3つ。

こんなにも段階を踏まねばならないのだ。

 
もともとシンプルに叶えられた願いが
まるで気まぐれなゲームに付き合わされてる気分だ。。。
 

こんなに難しい世の中だから、人はよく努力の方向性を間違えて、願いが叶わなくて、悲観にくれたりした。

でも、望みが叶えられないからとふてくされる必要はない。滅入る必要はない。
よく視るんだ。望みのものは、形を変えて目の前に在る。それを知るだけでいい。
都会の枠組みは、所詮「自然」の土台が在ってこそ。薄っぺらい壁で区切られた幻のようなもの。

 
「見せかけ・思い込み」という壁を取り払った所に、より分かりやすい真実の形が視える。
目の前のものが、元々何で在ったかを思い出すのだ。何を願って存在したかを思い出すんだ。
それを知るだけでいい。望みのものを見つけられるはずだ。


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米365粒バケツ365杯の生命

約1年分の食料(。◕ ∀ ◕。)ノ

 
環境しだいでここまで成るか、バケツ稲w(‘ ‘*)w!!!
http://blog.goo.ne.jp/taotao39/e/4f1d5aa5bdf778d643fa84c9fccecbb9

これ1杯でどれくらいのご飯になるんだろう?
参考資料を調べてみました。
http://kazudorei.hatenablog.com/entry/2015/01/24/133455

 
ほぼ家族養える1日分!!!
 

ということは?

一家族1年分のお米食べるのに。
米365粒バケツ365杯分の場所と時間w(‘ ‘*)w!!!

すげーな。


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