レスベラトロールの野草「イタドリ」
2年ほど前、初めてその名を知った。
春に採取できる「イタドリ」さん。
塩漬けにして食べたり、生のまま筋をとって囓ったりして食べられる。
仄かな酸味が口の中に広がって、けっこう美味しい(‘ ‘*)
1年前、都会に居ても近くに自生していると教えてもらい
やはり、その味は格別なものだった。
私が置き去りにした懐かしい味を、イタドリは思い出させてくれた。
自然の野草には、人の身体を癒してくれるふしぎな力があるという。
私は、当時はよくわからなかった。ただ美味しいとだけ思った。
人が作るお昼ごはんや晩御飯のように、特別何かを感じなかった。
どちらかといえば、おやつ感覚だった。
私は、後になって科学的な成分についても少し勉強するようになった。
以前日記にも触れたこの言葉
過去記事 ⇒「サーチュイン遺伝子」
別名:長寿遺伝子
この人間に組み込まれたプログラムを目覚めさせるのに
「レスベラトロール」という成分が有効であるらしいことがわかった。
そしてなんと、このイタドリには貴重なレスベラトロールが含まれている。
このように書くと、イタドリの持つ偉大な力の、ほんの一部を認識することが出来る。
たぶん、未だまだ部分的なものでしかないが、これだけ素晴らしい植物だということを、今はより気づいている。
私は、人間の多くが横文字でしか反応しないという事実に触れ。
私自身がそうであることを実感した。
偉大な植物の力を、私は未だそのままの形で敬うことを出来ないでいるようだった。
こうして科学的に裏付けのとれたものに対して、私はその力を再認識し、改めてスゴイと言う。
このような自分を嘆くだろうか。
それとも、改めてイタドリの神秘に触れられたことに喜びを見出すだろうか。
今頃、山の中で自生してるかもしれない。
また自然に少しだけ分けていただこうかと思った。
ただ其処にあるものを愛す。
何の根拠もなく、裏付けもなく、存在の偉大さを信じ、そのように接する。
それだけで無駄なエネルギーは取り払われ、
純粋な形そのものを受け取ることが出来る。
私に足りないのは、自然に対する信頼と、洞察力だ。
一言で言えば、愛だろうか。(o _ o。)
私はその不完全さを認識し、目の前の恩恵に気づけなかった自分に自信を持てないでいた。
そして私の疑いは、それ自体が長文を作り、文章を複雑にし、読み応えのある中身の薄いものに置き換わっていく。
でもこの方が、人には伝わるだろうか。
「イタドリは長寿遺伝子を目覚めさせる」
「イタドリは自然の中に自生している」
「今の時期採取できる」
3つの内容に触れた。
これだけの文章を用いて。
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