病の治し方

数日前から、また湿疹が酷くなりだした。
お尻から膝裏にかけて、それから腰、肩。
あせものように、象の皮膚のような肌触り、乾燥してかゆく、引っ掻いたら中から液が出てくる。

やばい。
 

私は、幼少の頃からアトピーが酷く、最近は収まっていたが。
油断してると、また湿疹を引き起こしてしまうことがあるみたいだ。
大人になってからも、以前1度だけ相当ひどい状態になったことがあった。

あの頃と違うのは、自分には治す力があることを知ってること。
自然治癒力を最大限に活かす方法を知ってること。
なので、直ぐ様それを実行した。

0日目(葉月の23日月.2015)

大仕事が終わったのでしばらく休む。
これまでの汚れを洗い流さねば、風呂だ。
塩浴、37度以下のぬるめのお湯で。水量は座って腰くらいの高さにした。
その後、水で身体を洗い、皮膚の炎症を冷やして落ち着かせた。

寝る前、自分で入れたお茶を飲み、水分を入れ替えつつ、裸で寝た。
睡眠はいい。ぐっすり眠れたら、たいていの病は良くなっていく。

1日目(葉月の24日月.2015)

起きた、朝11時だ。口をゆすぐ。トイレにいく。
とりあえず、今日はほとんど何も食べないことにする。
そうすれば、身体の修復に全てのエネルギーを費やせるから。
少し喉が渇いたので、お茶を飲む。また裸で横になる。

夢を見た後、少し汗をかいていた。まだ皮膚がかゆい。
シーツにコロコロをかけて皮膚のくずを綺麗にし、少し起きることにした。

炊飯器で寝かせ玄米が2日目になっていたので、お椀に少量取り、食べた。
食べたら腸が刺激されたのか、大きい方。少しスッキリしただろうか?
お茶を飲み、また横になった。起きたら夜22時だった。

今、この記事を書いてるところ。
続きはまた明日。再び横になろうと思う。

そういえば、皮膚のかゆみは昨日よりは収まっている。
1日裸でゆっくりした。風呂は必要ない、洗濯もない、食事もほぼ無い。つまり家事は要らん。仕事せんでエエ。ずっと寝とけばいいだけ。気が楽だ。
流石に1日では完全には治りきらないか、養生しようと思う。

 
2日目(葉月の25日月.2015)

起きた。ああ、傷口が乾燥している。そして中からジュクジュクが。
裸で居たら、これは身体から出る天然の保湿成分だと分かる。傷口を守ろうとしている。
そうか、人間の身体ってよく出来てるな…

そういえば、水分が足りてなかった。喉がカラカラだ。
ふりかえれば普段、お水やお茶を飲むという習慣が無かったんだ。
直ぐ様、お茶を大量に淹れ、飲んだ。がぶ飲みした。

それだけ、小さい方も大量に出た。
身体中の水分が入れ替わる感覚。
また寝かせ玄米のみを食べる一日で、腸内もスッキリしてきた。

じゅくじゅくが出てきたため、下に厚手のタオルを敷き、患部をやさしく覆った。
この日昼間1日寝たからか、夜があまり寝られず、そのまま朝になった。

 

3日目(葉月の26日月.2015)

用事で出かけなければならなかった。
傷口は…だいぶ良いみたいだ。タオルを当てておくとズボンを履いても擦れず痛くない。
朝から電車に乗って、車に揺られ、境内を歩いて回ったり、犬の散歩に付き合ったりした。走りもした。いい運動になった。

この日は、先方から鶏グリルのサンドイッチを1/4枚と、肉まんを一つ頂いた。
夜は寝かせ玄米を1杯食べた。大きい方は今日は無い。

帰ってきてから、調理器具のガラスを割った。携帯も水没してダメになった。
微妙に踏んだり蹴ったりな一日だ。
患部の調子は、さほど悪くなってないが、体調全体的に、妙に歯切れが悪い。

馬油を頂き、傷口に塗る。うん、良い保湿になってる感覚(‘ ‘*)
これで経過を見よう。

 
4日目(葉月の27日月.2015)

どうも夜は寝られなかった。朝起きて、携帯を買い換えねばならなかった。
昨日のように患部をタオルで包み、ズボンを履いて外出する。直ぐに用事が終わる。
またお茶を飲み、寝かせ玄米を食べ、そしたら大きい方。快調。

お昼間に寝て夕方、調子が落ち着いている。
たぶん安静にすれば、かなり良くなっていく感覚。
あ、昨日はガラスで指を切ったんだった。絆創膏を買いに行こう。

こんな感じ(。0 _ 0。)ノ

なるだけ自然なままの姿で、ぐっすり横になることができたら、あらゆる病とか、ほぼ快復できると思います。

病の成り立ち

病には必ず原因がある。自分自身がそうなって、改めて気づく。
まず「人」はどのように成り立つか、寝てる間にイメージを描いた。

魂なる「想い」
肉体なる「身体」
周りを取り巻く「環境」

この3つ。この3つで、人というのは成り立っている。と、見定めてみる。
何らかの病が発症する場合、病が現れるのは「身体」の部分。
お医者さまは、「身体」の部分に対してのみ、対処療法を行う。

多くの人は、病が発症したらお医者さまに見せればイイ…と考えるだろうか?
この考え方は危険だ。身体の部分に対してのみ処置を施しても、「想い」や「環境」に原因があることが殆どで、また病をぶり返してしまうからだ。しかももっとひどい状態で…
視点を変えれば、「身体」が逆に正常な反応を示すからこそ、病としての症状を見て取ることが出来るのであって。実際、原因は「環境」の方にあるのだ。

私の例を挙げてみる。

私は、幼少の頃から卵アレルギー、しかも小麦も、油も、乳製品もダメだった。
周りを取り巻く常識の中では、卵やパン、牛乳、天ぷらとかケーキとかカレーとかパスタとかうどんとか、普通に美味しいもの食べれなくて可哀想。何とか治療しないと、お医者さまお医者さま!お薬!お薬!な風潮だった。
それらを食べて湿疹が出る私の身体が、世間からは異常だと思われていたんだ。

だけども違う。
私の身体は正常。正常だから拒絶反応を示す。
オカシイのは周りの方。周りの常識。

あんな卵や、あんな小麦製品や、あんな油類が、あんな乳製品が、蔓延してる世の中の方が異常だったんだ。
おそらく周りの人たち、これらを不摂生と気づかないようでは、後で大変なことになる。
これは大人になって「粗食(一汁一菜)」というものを知ることで確信に変わった。

 

最近、割りと何でも食べるようにしてて。
ラーメンとか、パンとか、ケーキとか(ある程度材料は拘ったものだが)も結構食べてたが
まぁ、それは時々は良いんだが…

いつしか、それが習慣化してしまうことになってた。
やりたくもない仕事のストレス、勉強のストレスか、或いは人間関係のストレスかが祟ったのだと思う。
食べなきゃやってられない。だから、どうしても食べてしまってた。

炭水化物、甘いもの、買って直ぐに口に入るもの。
一仕事終わって、お酒!って人も居るし、煙草!って人もいるように。お肉!って人もいるように。

 
自分を取り巻く「生活環境」がそうさせる。
そんな「生活環境」が習慣化するにつれ、固定観念にじわじわと、自分の「想い」が縛られる。
「想い」とは魂の在り方。未来の夢、好きな形、自由な形であるはずなのに。
「想い」が周りの「環境」に縛られてしまうと、いつしか泥沼から抜け出せなくなる。

そうなると、少しずつ身体が蝕まれる。「私はこんなふうに生きたくない!」って
その病状は、身体の弱った部分に集中的に出てくるんだ。

私の場合は皮膚のかゆみや湿疹、他の人なら便秘とか、不眠症とか精神的な部分もあるだろう。
女性なら、生理の重たさに大きく現れるだろう。怒りっぽくなったり、感情の起伏が激しかったりするのも、身体のSOSサイン。

いずれも周りに気づいて欲しくて。
周りの「環境」にこそ異常がある!と分かって欲しくて。

病の原因と向き合い、生き方を改める

最初は、軽い兆候から異変は始まる。
その段階で気づいて、環境のリセットが出来れば素晴らしい。

だが、現代の多くの人がその段階では気づけない。
無理をして、それが世間の普通だから仕方ないと半ば諦め、無理がたたって身体を壊してしまう。
そこでやっと気づいて、自分の生き方を見直そう!と養生し、環境を改めるのだが

お医者さまだけに頼ってはいけない。
お医者さまは、症状を抑えるだけ。根本的には何の解決もしない。
苦しいなら症状を抑えながらでもいいから、その間に自分で病の原因を取り除かないといけないんだ。

原因が分からなくとも、上で挙げた環境のリセット「裸で寝る、粗食、塩浴、水で流す、お茶を飲む、出す、裸で寝る、お茶を飲む、出す」を自分の意志で実践し、体の中をリセットすることで、ある程度は自然治癒する。
このように1日の生活スタイルがリセットされた状態で、以前の生活習慣にどういった問題があったのか、向き合えば済むだけの話。

 

私の場合は、それは日常の不摂生であった。
食べ過ぎてはいけない「小麦、卵、油、糖類」の摂り過ぎであり、それらを取らざるを得なくした「仕事のストレス」が原因だった。
また、水分をあまり取らなかったことも原因だろうし、そんな状態で化繊の下着を履いたことが、湿疹の引き金になったと思う。

色んな原因はあるが、ストレスに依る部分がかなり大きいと思う。
本当は、仕事なんてしたくなかった。だから仕事しなくてイイんだ。
自然に生えるハーブや木の実が、私を養ってくれるから。
それが実現する手立てを、私は知ってるから。

実現したい未来が、世間の常識からどんなにズレていようと、私には関係ない。
周りの意見は一見正しく映るが、それは従来の固定観念に縛られてるだけ。
世界で多くの病や苦しみが蔓延してる以上、オカシイのは周りの方で、私の感覚が一番に正しい。
周りが何と言おうとも、私の生き様は変わらない。

 

私は好きなことだけに集中して、生きていける。
音楽を創ったり、詩を描いたり、物語を描いたり、幻想の美を、再現したりして。
そうやって、自分自身の本当の生き方に目覚める時、
私という世界から、全ての病は消え去ってゆく。

 

他人の常識に従ったら、死ぬ。ホントに死ぬ。
常識が間違ってる。病気になったら確信する。
自分の感性が一番に正しい。
自分を理解してくれる人が、ホントの家族。
たとえ血のつながりがあろうと、自分の感性を理解しない、理解しようとしない人間とは一緒に居るべきじゃない。
自分が生きるか死ぬかの死活問題なのだから。

» いつも応援ありがとうございます(' '*)

※ この記事がお役に立ちましたら、ぜひ皆さんにも広めてください.。.:*・゜

>> この記事をfacebookでシェアする

>> この記事をツイートしてみる


コメントは受け付けていません。