蔦を取り去る作業から

たくさんの蔦が絡み、中の植物さんは苦しそうにしている。
この蔦は、植物のせいではなく、周りのコンクリートをどうにかするために生えてきたもの。
が、蔦がもっとコンクリートを破壊する力を得るのに、近くの植物からも栄養を吸収しないといけないのだ。

そうして、宿主の植物は弱り、蔦は勢いを増して、場全体の弊害である「コンクリート」を朽ちさせようと懸命に働いている。

蔦についての過去記事
http://goldenflower.jp/blog/3012

 
この時、蔦はとても懸命に働いてるが、人の手で場をどうにか出来れば、もっと簡単に解決するわけで。
それを蔦に伝えるために、枯れかけた蔓を取り去り、見栄えをスッキリするようにした。
絡みつかれた植物もスッキリ。コンクリートも建物も、その外観がハッキリ視えるようになった。

  

ところで蔦。蔦は気づかせてくれる。私に話しかけてくれる。
蔦が絡みついて朽ちかけた場所は、永遠には残らない。と…
それらは、もっと別の何かに変わりたがっている。
ならば蔦の役目を背負った私が何とかするしか無いのだ!と…

 

蔦は、まるで人でいう「病」のようだなと想った。
場に何らかの矛盾を宿してる時に、その存在によって、改善点を指摘してくれるんだ。
それは最小限の苦しみで始まるが、気づかなければどんどん蔦は絡まり、負の存在を強めてしまう。

私は、苦しみを解き放とうとした。
蔦が、強固に、雁字搦めになって、一筋縄では行かなかった。
絡みついた糸を、一本一本解いていくのでは埒があかない。

だから、時には強引に引っ張ったり、引きちぎったりもした。

「痛っ!!!!」

 
そんな植物の声が聞こえた気がした。

 

僕がキミを、乱暴に扱ったと思われてしまったのか…?
キミが蔦に絡まれ苦しそうにしてる様子を、僕は何とかしたかった…
だが、蔦は強固だ。ちょっとやそっとじゃどうしようもできない。そりゃなるだけ丁寧に、傷つけないようには気をつける。
が、いつしか自分自身が消耗して疲れてしまうので、終いには強引に引っ張る他なかった。。

 
 
この時、何となく。あの言葉を思い出す。

そうか、この事か..
配慮が足りない、受け手がどう感じるか見ようとしてないというのは。

なるほど、優しく、痛くないように。。と、もっとやり方があるのだろう。
強引さに頼るのは、楽だ。手間を掛ける必要ないし、何より結果が早い。上手くいくならそれに越したことはない。
まぁ、絡みの浅いのは、強引に引っ張ってもダメージほとんど無いしな…

が、絡みつく蔦の数や太さが強固になるにつれて、強引さは宿主である植物をも傷つけてしまうわけだ。
はやく、早く苦しみから解放したいのが私の正直な気持ちだ。

が、手順を考えなければ、植物は耐えられない。か。。
蔦は、1本ずつ、まずは鋏で断ち切る。

絡み根の蔦
 
一本ずつ。


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自然の味の集会所

2月の中頃。浮羽にて。
星のしずくさんで味噌作りがあったんです。
これまた偶然に導かれて来ました。

【星のしずく】
http://d.hatena.ne.jp/hikarinowa1123/
 
ブログ見た時、炎を灯した器が綺麗だなって思いつつ。
星のしずくっていう名前、優しく灯る明かりの一粒。何か昔描いたような物語を思い浮かべます。

 

ここの味噌作りはですね、拘りの無農薬大豆を、熊本小国の原野の伏流水に一晩漬け込み、温泉の熱で蒸し上げたのを使うんですよ!
風味がぜんぜん違うんです、ものすっごく美味しいんです。

…を2kg手で潰しながら。細かくなったら、塩切り麹(麦麹5kg:米麹1kg:塩1.2kg〜)を加え、よく練ります。
よくよ〜く練り混ぜつつ、水2L、少しずつ加えながら全体を均一に練り練り。これ大変な作業!12Kg分??

私はまったく混ぜるセンスがありませんでした。可哀想な事態に。・・
主催者の美伽さんに手伝ってもらい、味噌が光り出しました!すごい、復活した!!
やっぱ気合だな(‘ ‘*)

 
 

保存容器は
陶器の場合は瓷8号14.4L
プラスチック漬物容器で15型15Lだそうです。

一度焼酎を吹きかけて消毒した後、味噌玉を詰め込んで空気抜きながら詰め込む。
最後に、和紙みたいなのを、ペタって。密封。

立派だ!すごい、1年分の味噌!
2人で毎日味噌汁飲んだら1年分の12Kgだそうです。

 

かれこれ一日の活動時間の大半を費やしたのではなかろうか。
大豆の仕込みから塩きり麹から主催者の美伽さんが準備してくれたので
これ丸ごと全部一人でやると大変だな。

ワークショップの方が、皆で和気あいあい楽しくできるのですね.。.:*・゜

 

よい学びとなりました。

で、おっしょくじか〜〜い!!
皆で一品ずつ食べ物持ちよって、乾杯!
私は、これ持って行きました。
http://goldenflower.jp/blog/3035

 
そして皆さんの、素晴らしい作品が集いました!!
星のしずくさんにて

うわぁ、、、自然の味のお野菜だ!!!
丹精込めて付けられたお漬物、味噌、味噌漬け!酵素玄米!
うわぁあああ、他の人の作ったのは、違うぞ〜〜!新鮮な味わいだ。

美味い、自分の中にない、革新的な美味しさだ。
自然の深みが、発酵熟成の旨味と合わさって、絶品ではないか!

こんなん都会では食べられません!
なのにこの地には、何でも揃う。
こんなに美味しい物が、簡単に食べられるのか!
毎日こんな食事だったら、身体も活き活きしてきますな!

 
美味い。。。
美味いぞ〜〜〜!!

 
皆で持ち寄って…ていうのが要。
その家の自慢の味を、集まった人数分だけ一度に味わえる。
とんでもないレコードまぜまぜですよ。

食のアイデアがたくさん繰り広げられる。
味噌作りの後にて、まさに特別なお食事会でした。


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自然の味、素晴らしい

ほうれん草の胡麻和え

自然そのもの本物お野菜は….
そのままで美味い!!!

炊飯器80℃の適温調理で下蒸ししたほうれん草と人参。
煮汁に良い出汁が出とる!!
そこに味付けはしょうゆとごま油だけ。
なんとシンプルに美味いんだ!!!
彩りも素晴らしい(‘ ‘*).。.:*・゜

 
農家さんに感謝です。
うちでも今年から、こういう野菜作ってくね!


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都会と田舎のバランス配分

都会の中の庭園。
201505041523000

 
福岡の地に暮らしてて思うのは
ここはとても暮らしやすいということ。

なぜかと思えば。
多くが密集してるから。

 
山も自然も海も平野も。山奥の田舎も都会の街も。
福岡という限られた区画内に、多くの要素が揃っている。

人が暮らす環境というのは、このように多くの要素で揃えることが素晴らしい一歩なのかもしれない。
都会と田舎がバランスよく。

ここでいう都会とは「人が集まる場所」として。
ここでいう田舎とは「自然がいっぱいの場所」として。

 
都会は都会!!!で暮らすと自然が足りない。
田舎は田舎!!!で暮らすと新鮮味がない。

 
ここ福岡の土地だって、車がなければどっちかの要素しか関われんのだ。 

都会の中に、思う存分に生い茂る自然。
自然の中にも、人が気軽に集まれる場所。

 
バランスを摂ることが必要なんだ。

 

都会の中に、自然そのものの庭園を築くことが一つ。
自然の中に、人々の寄り合い所を設けることが一つ。

両方の視点で考えていくと、より視野が拡がっていくのかもしれない。

 

都会の土地は高い。
田舎には人が集まらない。

大きな都会と大きな田舎で分けるのではなく
小さな都会、小さな田舎、都会田舎都会田舎とかいなかとかいなか…….(。◕ ∀ ◕。)ノ
山。川。海。森林。家。集会所!!

しゃっふらー。

■■■■ ■■■■ ■■■■ □□□□ □□□□ □□□□

↓ ↓ ↓

■□□■ ■■□■ □■□□ □■□■ □■■□ ■□■□

こんなふうに、いい感じにバラけさせると良いじゃろう(‘ ‘*)

そんで、都会を田舎化(。◕ ∀ ◕。)ノ
田舎は、もうちょい流動性快適にするかの。クルマ無しで生活できるくらいにも、

例えて、糸島市の変化は良いお手本です


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土地と盟約を結ぶ

土地と契約を交わす。
すると、土地と自分とが一心同体になる感覚を覚える。

都会の中にあるあの土地は、荒れ放題だ。今、できることは限られる。
正直、苦しい。どうにもできん現状、自分自身の不甲斐なさに腹立たしい。。
今すぐにでも大金を用意して買い戻したいくらいだ。

契約を交わしたら…
 
土地の苦しみは、自分自身の苦しみに感じるようになる。
逆に、自分の苦しみが、土地すべてに伝わるようになる。

だから、お互いがお互いを助けようとする。
もう一つの自分自身(土地)を解放するために。全力を尽くすようになる
私とこの土地は一心同体。感覚を共有するようになる。

 
コンクリートの地盤と塀をどうにかして外さないと。
もっともっと生命が生い茂って、存分に生を満喫していけるように。
伸び放題、成長し放題、そこから余剰分が土に還り、土地の記録は養分を得て、新たな生命の礎になる。

生命の循環を、繋ぎ直す。

 
そして生命の循環に永遠性を見出す時、
私は私自身に永遠を感じるようになる。

作物が生い茂り、花が咲き乱れ、木の実が落ちてきて
落ち葉や枯れ草、種子が再び大地に眠る。
私は、夜の暗がりでそれらに触れ、共に温かな死の眠りを味わう。

 
一日の目覚めは新しい生命の始まりを喚起する。
朝の日差し、希望に満ちた夜明け、次は何が生まれてくるのか?
希望と期待に満ちた眼差し。

それは、死の眠りの中で、予め描かれた夢にも等しい。
土地とともに、新たな生命の誕生を迎える夢(あめ)

 

雨。雨が降ってくる。
雨は生命の記憶を循環させるもの。

雨が混ざり合うことで、土地のみんなの夢が混ざり合い、一つになる。
太陽と水、永遠の循環。新たな生命の生まれ出る予兆。

 
土地が呼んでる。


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